2009年8月5日水曜日

暑さ・熱さ・あっちっち


本州は梅雨が明けて、連日30度超えの日々が続いているようです。
≒10年前、縁が有って大阪の会社にお世話になる事になりました。
着任する時期が酷暑の”7月”です。社長が採用するけど≪死ぬぞ!≫
との一言が在りました。千葉の娘宅経由で車の赴任でした。
南下するに従い、気温がうなぎ登りで、到着した日は快晴の気温36度!
北海道人にとっては、信じられない、信じたくない温度でした。
翌日からの会社勤めは、自室と会社の最短移動にして、外気に極力
曝さないようにしました。困るのは夜の熱さです。
あまりの熱さに冷房無しで居られませんが、体調不良になりました。
温度の設定やら、冷気の向き工夫やら、タイマーセットやら試したもの
でした。初めての京都祇園祭に繰り出した夜の熱気、流れる汗と初めての
(アナゴそば)どんぶりからはみ出す大きさに驚いたものです。
その後、翌年には灼熱ゴルフデビューしたり、社寺仏閣見物に出掛ける様に
なりました。年々暑さに慣れるに従い、逆に冬の寒さが辛くなります。
ストーブの暖房に慣れ親しんだ身体に(別名・きんたま火鉢とも言う)は
じっと寒さに耐えること Cannot です。
まして2月・3月のゴルフが積雪でクローズ、競技不能があるとは思いませんでした。
此処は別世界、気候が違えば、文化も違う、人も違えば、考え方も違う異国です。
大阪弁に囲まれ、お節介と独断偏見、人目を気にしない自分だけの世界観!
狭い家並みと、ゴミだらけの町。車の違法駐車・交通法規の無視。
治安の悪さ(車上荒らし3回)自転車の多さ、バイクの暴走。
無秩序の中の秩序、混沌の中のバイタリティーは刺激的でした。
岸和田の”だんじり祭り” ルーツを訪ねて”十津川村”へ
熊野詣で、お伊勢参り、本四架橋めぐり、初めての奈良見物。
山陰、北陸、中部各県、お城めぐり、(仕事で)顧客の拡大。
思い起こせば”得がたい体験・各地(全国)訪問をいたしました”
思い出の数々に、取巻く関係各位に感謝!感謝!感謝!

≪荒木又衛門助太刀の鍵屋の辻≫ 伊賀上野

≪岸和田だんじりギャル≫
















≪北の♪新地は♪思い出ばかり♪≫



2009年7月23日木曜日

登山はたしなみませんが?


大雪山系トムラウシ山の集団遭難(低体温症)死亡事件が報道されています。
中高齢者の登山、トレッキングが流行だそうですが、安全・安心が担保される
事が条件と思います。   北海道は大自然が売り物で、食べ物が美味しく、
梅雨が無く、涼しい快適な土地です。
関西人との会話で感じる北海道は、まさしくこの儘なのです。
観光パンフレット、紹介ニュースツアーの案内では、快晴の素晴らしさばかり
謳っているように見えます。    
晴れがあれば曇りや雨、嵐があれば冷たく冷える日があります。
説明しても連日30度超えの本州人にどれ程伝わるか難しい問題です。
自然に立ち向かい、克服できる程人類は強くはないと思います。
ガイドが同行、しかも3名で15人のツアー客だから安心なのでしょうか?
10年程前も、真夏の羊蹄山山頂で、関西のご婦人が4名凍死してます。
7月8月にまさか寒さで命を落とすことなど考えられませんが、あるのです。
北海道では、日によって寒い日があります。
冷夏冷害は特別な事ではありません。2000m級の高山を登る場合は、
相当寒さ対策が必要なはずです。
捜索・救助の費用は誰が負担するのでしょうか?
車を運転する場合車両保険がある様に、趣味全般自己責任を担保し、
廻りに迷惑を掛けない条件整備が要るのではありませんか?
ツアーの団体行動、決められたスケジュールに沿った行動では、
よほどの事が無ければ引き返したり、中止は出来出来ません。
新型インフルエンザでキャンセルする様に、中止する勇気が必要です。
海の事故、川の事故、夏休みに多くなります。
少子高齢化時代少なくとも若者は死んで欲しくありません。
(トムラウシ山の盗作写真2枚)


2009年7月17日金曜日

クールビズ


昨日、あるセミナーに出ました。15人ほどのこじんまりしたせつめいかいでした。
開始してから30分経過した頃から、下半身足元が冷えてきました。
大阪時代の涼しい衣服に身を包み、クールビズでノーネクタイの為に
感じる寒さが身に凍みます。
旧浜益村送毛峠に”千本なら”なる巨木があり、寄り道して見物しました。
推定樹齢 800年、高さ 18m 幹廻り 4.8mの堂々たる樹でした。
会社の近所にも”昭和の森クリ”があり、晴れ間に改めて行ってみました。
こちらも 推定樹齢 800年 高さ18m 幹廻り4.5mの偉大な樹でした。
800年前と言うと(鎌倉時代)北条氏の時代に遡ります。
武士の時代、中世、近世、近代と生きてきた生命力に乾杯です。
私の人生残り僅かですが、あやかって雨にも、風にも、雪にも寒さにも
負けずに過ごしたいもんです。


2009年6月16日火曜日

ぐるっと道南”1000km”の旅


北海道道の駅スタンプ・ラリー押印ドライブも終盤を迎えました。
この度は、高速道路(1000円)を利用して道南を走破しました。
美唄~千歳IC~八雲IC~YUU・遊・もり~砂原~なとわ恵山
~湯の川温泉(泊)~知内~福島~松前城~上の国~江差
~厚沢部~229元和台~テックイランド大成~八雲IC~
千歳IC~美唄 総走行行程≒1000㎞の走りでした。
途中、大船縄文遺跡、最北のお城松前城の写真をゲット、
懸案の一部を消化しました。ちなみに湯の川温泉は
一泊朝食付き|4500円でした。














2009年6月12日金曜日

タバコの害!


普通に電話して話の出来る友人、知り合い、先輩、同僚、親戚、家族がある
日突然亡くなった時に改めて寿命を認識する事になります。
10年前まで勤めた会社で、妙に気の合うヒネクレ三人親父の一人が
肺ガンの転移で治療の甲斐なくなくなりました。ヒネクレ三人組は愛煙家で、
2~3箱のタバコをすい続け、タバコ消費税として国庫に多くの税金を長年
納めた模範的国民でした。
去年8月に肺ガンが見つかり、4ヶ月の入院療養で小康を得て一次退院、
自宅で静養してましたが非小細胞肺ガンが脳に転移した結果、
薬効治療の甲斐なく病に負けてしまいました。
共通の友人から”さみしいね!”とわざわざ吐露の電話が有りました。
3年前に禁煙したとは言え、危険因子が失せた訳でなく、注意と自重が
欠かせません。
きっと何時かは一回は死ぬ事の避けられない命と思い知ります。
そんな出来事を超越して時は流れます。はるの花々が咲き乱れ、
次々に夏に移行してます。新たに入手したデジカメは(スーパーマクロから
望遠まで)優れもので、草花に焦点を当て撮ってますが困った事に名前が
解りません。ネット検索を駆使して調べながら、専門家に質問しながら
アルバムをまとめ様と思います。
(キングサリ)











(オダマキ)












(たいつり草)












(ご存知=すずらん)












(栃の花)












(えぞすかしゆり)












(ライラック)

2009年6月5日金曜日

あれから”50年”


綾小路きみまろ風に言うと”あれから50年”となるのですが、50年前は
15歳の春、高校入学でした。その同期会のお誘いが来ました。
皆は前期高齢者、殆んどの友人が年金生活となっているようです。
終戦時に生まれ、貧しい時代に幼年期~少年期を過ごし、子沢山の
詰め込み学級で競い合い、卒業して後は高度成長期に豊かになるために
必死にがんばりました。中堅ベテランとなった時にバブル景気を経験して
損得味わいました。努力すれば報われる事が充分期待できました。
バブルがはじけ、経済低成長となり、少子高齢化、冷戦時代の終焉。
中国の民主化、ベトナム戦争、湾岸戦争、同時多発テロ、アフガン・イラク
戦争などの影響を受け、最近の世界同時不況の中で、リタイア生活に入ったものです。
晴耕雨読、ゴルフ三昧、パークゴルフ三昧、生活習慣病で病院通い、
カルチャーセンター通い、旅行に情熱傾ける方、趣味に生きる方、
さまざまです 【すでに無くなった友人に黙祷】
いつか来る人生のエンドマークを迎えるまで、上手いもの食べて、
せめて好き勝手に日々を送りたいと願っています。
その為にも体力と健康に気を配るようにします。
◆関西で食べた◆ スッポン料理!

2009年5月26日火曜日

羅臼温泉、一泊朝食付き”4000円”






















世界自然遺産、知床は行った事が無い未開地です。
釧路・根室・羅臼の道の駅スタンプラリー、ハン押しを兼ねてドライブに
出掛けました。生憎の雨予報でしたが、晴れ間を縫って出来れば
魚釣りもいたそう等など準備し、新しいデジカメの説明書を読み返し、
早朝5時出発いたしました。
景気浮揚策とて、高速道路通行料金一律¥1,000-の恩恵を受け
北見ー津別ー阿寒ー白糠ー釧路ー厚岸ー根室ー標津ー知床羅臼と
650㎞走破。羅臼第一ホテル一泊朝食¥4,000で温泉三昧しました。
源泉掛け流し、露天風呂は雨降りの中屋根も無い野趣あふれる風呂を堪能しました。
どうやら宿泊観光客はウトロの温泉街に取られ、こちらの羅臼側は閑古鳥のように
見受けられました。翌日は遅い時間が晴れの予報を信じて、遅出し知床峠に向いました。
幸い小降りの雨を縫って、知床観光をする事が出来ました。
残雪が残り、まだまだ冬のたたずまいの知床です。
北海道には総数103ヵ所道の駅があります。近間のスタンプは済み遠くが残ってます。
およそ、行く機会の無い足寄、陸別、江差、松前、恵山等が残っています。
道南地区 10ヶ所、帯広地区 8ヶ所 で全数走破して、全件走破の証明を貰うのが
目前になりました・・・・・が   帰り道 ≒500㎞ 総走行距離 1150㎞
北海道は広い、遠い